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鮨の魅力は「一貫食べるたびに別の食欲が刺激されて次はなんだろう」と期待する

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〒424-0886 静岡市清水区草薙122

すしの知識9「江戸を食す」すしの知識

NO83 ヒラメの昆布〆と酢〆

寒中のヒラメは昔から美味です。逆に晩春から夏場にかけてのヒラメは旨味がいまいちです。 通常の仕入れよりロット数が多くて、使い切れない場合があります。そんな時は昆布〆と酢〆の二通りの仕込みをします。 これは、古い昔ながらの仕事なのです。
ヒラメの仕込み
1.コケラをひき(鱗を包丁ですきびく)、頭をおとし、臓物をとりだす
2.節どりする。皮を引く(エンガワを切り取る)
昆布〆と酢〆の方法
1.焼き塩で両面に均等に薄く振り塩します。
 1時間〜2時間大きさにより塩加減の時間を調整する 2.その後、アク抜きにより、水分がにじみ出てきます。
3.布巾で水分と塩をふき取るか又は水をかけて振り落とす。
4.水分を布巾でとる。この塩梅が重要です。(塩気を完全に抜きき取らないこと)
5.板昆布を敷きヒラメをのせその上にもう一枚の板昆布をのせます軽く押さえます。
6.昆布〆を1時間程度いたします
7.昆布を使うことは空気に触れないようにする為なのですが、更にビニール袋に入れて保管することをお勧めします。
8.当店では必要以外は真空パックにして保管します。
9.用途、量的対応により、酢〆をしてもよい
10.ヒラメを酢に20分位漬けます(大きさにより時間調整する)
後に酢を軽く拭き取り、真空パックして保存いたします。(昆布〆せずに酢にする。 昆布〆した後でも可)
握る際には
1.握る際は高価ですが「ガゴメ昆布」の「とろろ昆布」を添えて握るのも一考です


NO84 江戸時代の江戸(東京)と上方(大阪)の違い

     

経済感覚
江戸の庶民は頻発する火事のおかげで、明日の仕事が保証され、日銭が入ってくるので、 銭をためる必要が無いから、「宵越の銭はもたない」といい、
「初かつお一本に二両もの金を払うごとく」と食いだおれの点では大阪をしのいでいた。 上方は江戸の人を「明日の活計を知らざるうつけもの」ときめつけた。
魚・貝類
江戸はあさり、はまぐり、ばか貝、さるぼう貝等の貝類は多い
上方は大阪湾、瀬戸内海をひかえており、沿岸漁業の発祥のであり、多彩な魚がとれ、 境、尼崎から市場に来る。漁法や魚の処理、加工技術等上方起源のものが多いので 魚に関しては大阪のほうが恵まれていた。貝類はとれないので少ない。
刺身
江戸は赤身のまぐろ、かつおを使った。 上方は白身の魚が使われ、たい、さわら等安く、味も良い
寿司
江戸はにぎりずし、巻きずし。 上方は押しずし、箱ずし、ちらしずしに類別される。
笹きり
江戸はすしには熊笹をはさむ 上方は葉蘭を用いる
シャリ
江戸は人肌ほど程度の時が食べ時。合わせ酢は塩と酢で砂糖は使わない。 上方は冷めても旨いように昆布、みりんを加えて炊き上げる あわせ酢は酢には塩と砂糖を混ぜる。
あなご・うなぎ
江戸は背開き 上方腹開き
江戸のあじ、さば等は
腹から開き、頭を割る。上方は背開きで、頭は割らない。 たこ
江戸は茹でる上方は煮る(桜煮)
すしの売り方
江戸ではぼて振りや重ね箱に入れて肩にかけて売り歩いた 上方は自店や屋台で売った。  


NO85 どうせすし屋をやるなら江戸前の鮨に徹する

    

全てのタネに手を加え、旨味を引き出す鮨を漬ける。 教えられた仕込みの手順を間違いなくこなしさえすれば美味しい鮨は漬けられるのである。 「自分独自の江戸前の鮨をお客様に食べていただきたい。」と40数年
煮ハマグリ、シャコ、アサリの漬け込み。
コハダ、酢アジのオボロかませ。酢で〆たキス、サヨリを昆布〆。イか印籠詰め、蒸しアワビ、煮ホタテ、煮イカは煮詰たタレで。
クルマ海老、青柳小柱の甘酢漬け。柔らかな煮タコ(桜煮)。
アナゴは江戸前の観音崎沖で獲れたもしか使わない。煮アナゴはスダチと塩、煮ツメで握る。煮ツメしたアナゴのシャリがホロリと崩れるところにたまらない美味しさを感じられる。
「こんな鮨を握れるのは、寿司屋冥利につきます・・・」といったこの道の先輩を思い浮かべます。
そして
「鮨の魅力は一貫食べるたびに別の食欲が刺激されて、「次はなんだろう」と期待する。
江戸前の鮨には工夫がある。これほど底が深い食べ物は世界中さがしても他には見当たらない・・・」某作家が語る。

     

NO86 10円寿司の思い出

高校生の頃まで、すし屋の寿司を見たことも、食べたことは無かった。すしと言えば母が漬ける五目寿司で、上乗せのタネは父親の仕事柄でおすそ分けに授かったカジキまぐろと酢だこ、カマボコ、母親が焼いた玉子焼きぐらいであった。
忘れられない思い出の一つは東京へ出て初めてすし屋に入った。それは金を稼いでいた先輩にご馳走になった初めての立ち食いで1貫10円のにぎり寿司であった。
回転すしなどは勿論無い時代であった。蕎麦が一杯30〜40円。コーヒーいっぱい50円の時代。
一般的なすし店は1貫20円から50円で、銀座高級すしは1貫50円以上であったと後に専門誌で知った。
その時、すしダネの名前も注文の方法も判らない田舎者。ドキドキしながら先輩の注文する寿司を真似して「同じく穴子を下さい」と言って寿司を取る手が震え興奮した覚えがある。
高度成長期の昭和40年頃であった。幼い頃腹いっぱい食べたかった寿司を職業にさせて頂いていることに感謝しております。


    

NO87 いか印籠づけ

江戸時代の印籠づけは伝統江戸細工ずしの一つで、作り方は煮イカと同じように煮る。 煮立てた煮汁にスルメイカを入れ、箸でころがして味を整える。 イカの胴の中には酢飯、ガリ、カンピョウ、もみ海苔を詰めたのです。 現在は殆んどみられなくなった江戸前ずしの仕事です。
当店は赤イカに五目ずしをイカがパンパンに張り切れる位になるまで きっちり詰め込むのです。 五目ずしの具(かやく)とは椎茸、人参、いなり、昆布、ゴマ、かんぴょうを 刻んだものです。 切り分けは大きさにもよりますが三切れ、五切れ、七切れの縁起のよい七五三が基本です。
甘い煮ツメをぬって食べるとゴマの風味が鼻孔を抜け、タレの甘さとシャリの甘さが複雑な旨みを醸し出します。
いか印籠漬け」
江戸時代後期から昭和20年代頃まではどこのすし店では漬けておりましたがお客様の生趣向が今日の「いか印籠漬け」をすし店から姿を消しまった 江戸前の寿司です。


NO88 立ち食いの醍醐味

「仕込みには一日かけ、食べるのは一口3秒」
とはなんとも贅沢な食べ物だろう・・・。 すしは基本的には客の前で握るライブであり、リアルタイムで供するからこそ、その一貫にかけるのである。 そのためには職人として気の遠くなる様な丁寧な仕事が求められる。 お客様がのすしをほうばる顔の表情も味覚のライブです。江戸前の鮨の一貫は料理であり、それぞれの握りに違った味がある。


NO89 蛤(はまぐり)と習慣

蛤は形の類似から浜の栗と言い、庶民の馴染みの深い食料でした。 7代将軍家継時代1713〜1715年)泉州堺の浦(大阪府堺市)、参州(愛知県東部)、勢州桑名(三重県)が産地として有名であった。 婚礼の蛤の吸い物は実を食べないと言い、婚礼の吸い物は必ず蛤を用いる。 この習慣は8代将軍吉宗(1716〜 1735年)が制定した。 「蛤貝は参千世界尋ねても、外蛤貝とは合わぬ者也とかや。他の蛤に合はざるは、外の夫に心かよはさぬ貞女、両夫には見えざる戒。」とある 蛤の二枚の殻を外しても、他の殻とは絶対合わないから「貞女、両夫にまみえず」といういみになる
当時から江戸の海は浅い為に、蛤、あさり、ばかがい等の二枚貝の潮干狩りの場であった。 浅い為に埋め立ての対象となり、嘉永6年(1853年)の黒船騒ぎの結果、台場工事、砲台設置工事に着手し、浅い海域の漁業は影響を受け、海の公害第一号となった。 このように徳川入府以来、江戸の海は埋め立ての歴史であった。 昭和37年をもって東京都の蛤漁業はその幕を閉じた。


NO90 江戸前漁業

江戸に幕府が置かれ、人口の急増によって江戸の台所は魚介類の需要も増えた。これを支えるために、大坂の漁民が佃島に移住し、漁法を伝えたと言われている。江戸湾の内湾は武蔵、相模、下総、上総、安房の五か国の漁民が活動していて漁法や漁具について協定を結び、統制をはかったのである。 江戸時代から延々と続いていた埋め立ての結果、「江戸前の魚」と誇りにしていた魚貝は、東京都の近代的都市化の為減少した。 神奈川県観音崎と千葉県富津岬と結ぶ線の内湾は約五分の一が埋め立てられ、6.5キロメートル海が後退した。 東京湾には四大河川が流入しているので、淡水の影響は大きく、 江戸前の魚貝が美味はこの流入のおかげである。 当店の主要魚のアナゴはこの内湾羽田沖から観音崎沖海域のアナゴで、 安定的に供給されており、夏場に向けてアナゴ漁業の最盛期となります。


NO94 江戸前の鮨とは加工技術

今日のお客様も「お寿司は生ですからこの暑い季節は大変ですね・・・」とおっしゃいました。
私が「江戸前の鮨ですから安心して召し上がれますよ」とお答えいたしますと
「生のにぎり寿司のことを江戸前寿司と言うのではないのですか?・・・」とこんな会話から始まりました。
江戸前の鮨と他業態のにぎりずしと違いを常々述べてまいりましたが、自分自身が持ち合わせている知識で解釈を再度述べさせて頂きます。
すしダネの産地にかかわらず、「江戸前寿司」と呼ぶことに抵抗がなかったのは、すでに、「江戸湾産の材料のすし」という意味が薄れていたからで、握りずしの代名詞くらいに思っていても間違いはないでしょう。
何をもって「正当な江戸前の鮨」とするかを規定することは難しいが、親方、先輩、同業者、文献等から得たものですが、 江戸時代は流通が確立しておりませんので、近場の江戸の海で漁獲されたお魚を美味しく食べられるように又、保存が出来るよう加工技術を施して、「江戸前の鮨」が江戸時代後期に出来上がりました。
加工技術とは生ではなく塩・酢・昆布で〆る。火で焼く・煮る・蒸すというような仕事をしてあることを指すと思うのです。
時代と共にお客様の嗜好の変化、加工技術の進歩があり今日のような「江戸前の鮨」は明治・大正時代を経て昭和初期に完成をみました。 お客様に美味しく喜んでもらえる鮨をつくる(漬ける)ための、この洗練された加工技術を「江戸前の鮨」といふうに理解して頂けたら良いのではと思います。
江戸時代から大正時代はは確かに鮮度保持が難しいという理由で発達した加工技術とはいえ、生では味わえない美味しさが今日いまだに数多く残っている加工技術があるわけです。
代表的なすしダネとしてはアワビの塩蒸しです。現在は新鮮な生で召し上がれるアワビが容易に入手できますが、当時は入手不可でした。そこで考えられた加工技術が塩蒸すアワビです。 生アワビは香りと歯応えが良く若いお客様は好んで召し上がりますが、硬くて不向きなお客様もあります。既に平安時代の土佐日記(936年)にはアワビのすしが文献に出ております。 柔らかさ、味わいとう点ですと塩蒸しアワビの方が美味しいでしょう
このように「江戸前の鮨」の看板を掲げております当店は生のまま握るすしは無く、全てに加工技術で施した握り鮨であります。


NO95 アナゴを軟らかく煮る

江戸前とは、千葉県富津と神奈川県観音崎を結ぶ内湾を言う。 7月から9月に羽田沖から観音崎沖で獲れるアナゴが一番ですのでこれを使っています。
アナゴを選ぶ場合、肉質が厚く、皮目が黄金のごとく脂がのり、小骨が気にならない 一尾300gから400gのサイズを魚市場から仕入れします。
さばくにはウナギの骨は平骨で、ウナギ専用の包丁を使いますが、アナゴの骨は三角ですので、 これを出刃包丁でさばくのですから素人包丁では無理です。 いっきに骨を切りにいくのですが、包丁の角度によっては骨を途中で切ってしましますとサッ大変です。 再度包丁を入れて切るのですが、この時、小骨が残り又、身をそいでしまうことがあります。 美しく、滑らかな姿に仕上げてこそ美味しく煮ることが出来るのです。
旬のアナゴや上物のアナゴであれば脂肪が多い。 それだけ、アナゴの肉質(たんぱく質)の繊維の間に脂肪が入り込んで収縮がゆるやかになり、柔らかく煮上がる。 しかし、旬以外や、産地によっては身が固くパサパサして脂が薄く柔らかく煮上げることが難しい時には、 酒を加えざるをえなくなってきているともに、前に煮たアナゴの出した脂の煮汁を注ぎたして煮ないと しっとりした具合に煮あがらないのです。
アナゴの煮汁は濾して冷蔵庫に入れて保存しておきます。 次のアナゴを煮る時につぎ足し用に、又、煮ツメ(タレ)をつくるのに使います。 煮ツメは焦げ付かないようにじっくり弱火でコトコトと煮詰めるわけですから、その場を離れるわけには行きません。 このし仕事には人がかかりっきりとなるので暖簾を入れてからの仕事になります。
アナゴをさばいてから煮ツメをつくるまでにはすしネタの中では一番手間隙のかかる仕事となります。 


NO96 鮨屋の基本的姿勢

私は魚を使って鮨をおつくりしている一介の鮨職人であります。他人様に教えをいたすなど、考えのあるものではありません。
昨今のすしを見ますと、本来の鮨づくりから、かけ離れた、鮨が横行している現況を何とかしなければと全すし連合会のすし検定という認定制度も出来たこの時期に書き留めておきたいことがありまして、「江戸を食す」というタイトルで述べさせていただいております。
鮨屋という商売は「お客様の好みに合うか合わないか」で成り立っております。 それぞれのお客様によって味覚が違いますので全ての方にお客様になって頂けるなんて到底無理なことでございます。 歴史的背景のある江戸前鮨はこの道の先駆者の方々や、親方、先輩などが試行錯誤の結果出来上がった鮨であります。
勿論、自分自身はこの習い覚えた昔ながらの技術、知識が絶対とは申しませんが少なくと、ごひいきになさっていただいているお客様がおられる以上ひたすら教えられたことの繰り返しの仕事して、商いをさせていただいております。 そこの店の特徴と申しましょうか、「あの店でしか食べられない鮨」で商いをするという基本姿勢でなければならないと思います。
私自身、新しい商品開発をするなどとは出来ないとことと承知しておりますので、昔ながらの教えだけでひたすら商いをさせて頂いているところです。
そんな中、私どもとまったく違う経営方針のすし屋では河岸で売っているタネを仕入れし、生産工場からの均一タネを調達するすし店があると聞き及んでおります。
「あの店でなければ食べられない」という鮨を放棄されておられると受け止めておりますが、そのことの良し悪しは述べることは出来ませんが、江戸前鮨の基本的技術から比較してみますとがおろそかになりかけていることが寂しくもあります。 一方、承知うえで召し上がれているお客様もおられることも事実でございます。
最初に述べました通り、「お客様の好みに合うか合わないか」であります。 一人でも多くのお客様が「江戸前の鮨」は美味しいな」と言われることを喜びとして、いま暫く鮨に携わって参ります。
以上、この鮨道を極めた鮨職人で親方であります方の著書を読み、基本姿勢に感銘を覚えた事項を述べてみました。
最後に「鮨を握る技術を身につけた人間は鮨職人だが、それだけでは親方と呼べない。親方とは鮨が握れて、かつ一軒の店を経営できる人間のことを言う」 いかにして鮨の伝統技術・知識を教え、経営者としてのあり方を次世代につなげるかであります。
(某鮨職人さんの語録を引用)


NO97 シャリ(ごはん)とうちわ

江戸前の鮨を営むすし屋では昔ながらにごはんに強い味付けがしてあると、すしダネの味を引き出せないので、 酢と少量の塩だけで自然の甘さを生かすためにも、酢合わせ(酢の調理法)には砂糖を使用しない。 この酢合わせの調合は門外不出で昔から奉公明けに教えて頂く技術なのです。
しかしながら関西のすしは冷めても美味しく召し上がれるように砂糖を入れる。 又、甘いがうまいという味覚になっていますので、現在江戸前の80%以上のすし店では砂糖を入れる酢合わせになっていると思います。
ご飯は釜の中で炊き上がってから数十分以上蒸らされた状態の後、ご飯を切ります。これをシャリきりといいます。
シャリきりをしている時に扇風機やうちわで入れるのはごはんが冷たくなりほぐれにくくなりますのでこれはいけません。
シャリきりが終わった時点でうちわ風を入れて「てり」出す程度が良いでしょう。
開店以来、40数年この「うちわ」と「弁慶」(竹筒の穴を切り込んで有りこのなかにうちわやシャモジを収めておきます。昭和初期製)を当店は使っています。


NO98 ミズタコの桜煮

仕入れは北海道島牧郡からの水タコです。北海しか生息していないミズダコです。北海にはマダコの代わりにミズダコです。
マダコに比べて肉質は柔らかく、歯触りが良いです。 用途に応じてマダコ、水ダコを仕入れします。水タコは大きいので握りに合うサイズのものを慎重に選びます。
当店の桜煮の作り方は
よく塩でもんでから塩出をする。沸騰した湯に足をくぐらせて霜振りをする。別の鍋に酒1800ccと水1350ccをいれ沸騰させる。
煮立ったら足から入れる。ザラメ・醤油・小豆を入れる。沸騰したら弱火にして、50分間じっくりと煮込みます。
ゆでタコは魚河岸から買ってくるお店があると聞いております。もっとひどいとなると業態の違うお店では冷凍戻しのゆでタコを切って握っているようです。
活タコを仕入れしても高くは無いので、同業者のお店ではほとんどが自前でタコを茹でたり煮たりしておりますので、是非とも足をお運びいただいてご賞味下されば幸いです。

     

No99 ほたて貝の仕込み

ホタテ貝を洗い水分をふき取ります。 ホタテ貝に直接振り塩(立塩でも可)て、アク抜きをします。 昆布に直接振り塩しても良しその後、昆布〆にします。 握る際は焼き目を入れますが、熱は伝わらないように、 氷の上に鉄製の網をのせてホタテ貝には片身に塩を少々振り、バーナーで焼き目を入れます。 レモン汁を絞って、握りますと、風味と美味しさが倍増いたします。

     

NO100 江戸時代のすし職人

ところで、江戸のすし職人は、なにしろカッコよかったといいます。身ぎれいな服装で、手ぬぐいを吉原かぶりにした粋(いき)な姿は、いなせの代表。
数ある食べもの関係の職人のなかでも評判の美男子ぶりだったそうです。江戸時代のすし屋は、ほとんどが屋台か、棒手振(担ぎ売り)。
すしの入った箱を肩にのせ、「すしやコハダのすーし」と呼んでまちで売り歩くと、どこへ行ってももてたといいます。
現在でも、カウンター越しにきびきびとすしを握る職人の姿は清潔感にあふれ、鮮度の良さのイメージとかさなっていいものですが、当時も職人の姿は、すしの魅力のひとつだったかもしれません。

     

参考文献 宮尾しげを著 すし物語

参考文献 早川光著 日本一江戸前鮨がわかる本

参考文献 長崎福三著 「江戸の味

参考文献 吉野f雄著 「鮓・鮨・すし すしの事典」

参考文献 著者 吉野f雄 「すし技術教科書」